高湯温泉

English

高湯よもやま話

高湯よもやま話

高湯温泉の歴史や出来事など…

庭坂湯町と高湯~いにしえからの温泉

2017/12/24 | 永山博昭

前回のブログ「ヌル湯と高湯~いにしえからの温泉」では高湯温泉の3つの存続の危機の1度目を書いたのだが、今回は2度目の危機をたどってみよう。

戊辰戦争時には米沢藩兵の退却時に、温泉を官軍に使わせないように土湯~ヌル湯~高湯と火をつけて撤退したと伝えられている。高湯では安達屋の蔵だけが焼け残ったと言われ、これが高湯温泉の存続を危ぶまれた1度目の危機であった。
2度目の危機は、明治時代に福島県令に着任した三島通庸の、庭坂村湯町建設時の温泉権乗っ取りである。 [全文を表示]

ヌル湯と高湯~いにしえからの温泉

2017/12/02 | 永山博昭

不動沢を挟んで左岸に高湯、右岸にヌル湯があるのだが、地形図を眺めると二つの温泉は隣合って見える。
その昔は高湯よりヌル湯へ通じる道があり、吾妻山古道はヌル湯が登り口とされた。
高湯からの吾妻登山道は新道と呼ばれ、近年に整備された道である。当時の郵便は町庭坂より配達人が高湯へ午前中に到着し、徒歩でヌル湯へ配達へ。帰路に高湯を経由してポストを確認するという、高湯でのポストは午前と午後の2回投函書を回収したと言われている。 [全文を表示]

高湯温泉 旅館玉子湯 今昔話

2017/04/17 | 永山博昭

磐梯吾妻スカイラインが完成する前の玉子湯。当時は観光旅館ではなく自炊客を受け入れる湯治宿であった。この観光道路の開通により、高湯温泉の営業形態は大きく変わることになる。

元々の屋号は玉屋であったが、お客が温泉の匂いに因んで玉子湯と呼ぶのが通称になり、それを旅館名とした。現在の玄関右脇にある玉子湯の看板裏には、玉屋の文字が見て取れる。
旅館の写真は湯小屋のある現在の庭方面から撮っており、湯小屋は創業150年当時のままの同じ場所で健在である。 [全文を表示]

高湯温泉~湯山人ブログ更新しました7

2017/04/11 | 永山博昭

今回の紹介は「高湯 江戸-明治時代編・冬の雪見露天巡り」と称して高湯温泉の歴史を紹介します。 [全文を表示]

高湯温泉~足湯の効能について

2017/01/12 | 永山博昭

高湯温泉「旅館 玉子湯」
玉子湯の庭にある足湯。立派な岩風呂が沢山あるのに足湯?なんて思うなかれ。足湯といえども源泉かけ流し100%。全身浴では得られない温泉効果が期待できます。 [全文を表示]

高湯温泉~湯山人ブログ更新しました6

2016/12/21 | 永山博昭

今回の紹介は高湯温泉の裏庭「吾妻山」特集です。磐梯吾妻スカイラインを利用しての手軽なハイキングコースというイメージがありますが、意外に懐が深く色々な表情を見せてくれます。また高湯温泉の開湯歴史とともに山岳信仰の深い関わりがあります。 [全文を表示]

高湯温泉の西側にある「信夫硫黄鉱山跡」

2016/09/24 | 永山博昭

花月ハイランドホテルの脇から不動滝展望所へ至る道があり、途中の遊歩道駐車場を利用できる。もしくはホテル脇の観光協会第3駐車場を利用できる(バス駐車可)。
展望所へはズリ山の裾を回り込んで行くが、ズリ山に登ると展望は素晴らしい。福島市街はもとより、遠く信達地方を望むべく宮城県は角田方面まで見える時がある。 [全文を表示]

前のページへ | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 次のページへ

最新記事はこちら

高湯温泉フォトギャラリー