高湯温泉

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高湯温泉紀行

高湯温泉紀行

緑滴る初夏の癒し湯、ひげの家と浄楽園・中野不動尊。

2021/06/某日 | ひげの家

万緑の別天地で、高湯デトックス

梅雨入り間近の初夏。久しぶりに訪れた高湯は、不穏なご時世を忘れさせてくれる眩しい万緑。メインストリートから少し外れた場所にこじんまりと建つ「ひげの家」は、高湯では「吾妻屋」とともに日本秘湯を守る会の会員宿のひとつだ。
したたる緑に埋もれるように現れた料亭風の風雅なエントランスをくぐり、「お世話になります」とフロントへ声をかける。オリエンタルなインテリアでまとめられた洒落たロビーには純白の芍薬やユキザサなど、花好きの女将らしい涼花があしらわれている。
宿は2016年、顧客の需要に応え、高湯で唯一となる露天風呂付客室を新たに加えリニューアルしたようだ。

琉球畳の小上がりと、重厚なカルバン ジョルマー二の本革ソファ。シモンズ製セミダブルベッドの向こうに広がるテラスには青白い湯色をたたえた露天風呂がラグジュアリーな景色を奏でている。風呂へと続く動線にはガラス戸で仕切られたシャワールームも見え、その佇まいはまさにホテルライク。景色に面した窓にカーテンはない。代わりに設けられたスマートなロールスクリーンが部屋の開放感をさらに際立たせている。
もちろん、露天風呂は贅沢な源泉かけ流し。「これはもう、部屋から出たくなくなっちゃうね」と連れ。別天地のようなこの場所で、デジタルデトックスも悪くない。

秘湯通を魅了する美味遊湯

夏へ向かうこの季節、山は脈打つように賑やかだ。ロビーから続くテラスに佇み、眼前に迫る十二単の緑の迫力にただただ、圧倒される。
宿の中でもっとも川に近い場所にある貸切風呂は空いていれば滞在中、何度でも自由に利用できる。風呂は大浴場脇のドアから外階段を10m程下りた先にある。ドア前には札が架けられ、貸切風呂を使用する際は、これを裏返して他者に知らせるシステムだ。
階段の途中からは小庭へ続く小路も見え、季節の花木を鑑賞しながらの散策もできる。古き良き湯治場の風情を守り続けてきた高湯は、墨を流したような夜の暗闇も自慢のひとつ。小庭の踊り場には「星見台」と名付けられた場所もある。

そして、足しげく通う秘湯ファンのもうひとつの目当てのひとつが、ここの夕食。見た目の上品さはもとより、そのひとつ、ひとつに料理人の丁寧な手仕事が感じられ、とにかく美味い。お造りのツマにあしらわれた、ほんのり苦いカボチャの新芽も季節との微笑ましい邂逅か。舌の肥えた客にも評判のクラフトビールの芳醇な旨みが、初夏の口福へと私たちをエスコートしてくれる。 

久しぶりの宿遊び。温泉ファンとしてはだからこそ、ひたすら湯を愉しみたい。眠るように暮れていく宵の露天も。思索の旅に出る闇夜の露天も。 

部屋でしばしの食休みのあと独りで向かった貸切露天に、幸いにも人の気配は無い。すぐ傍らを流れる川のせせらぎと、湯口から漫々と注がれる湯の音色だけが響く闇夜、私を襲う永劫にも思える時間感覚。愉快な夜だ。ああ、やっぱり旅はいい。 

聞けば連れは朝4時起きで、部屋の露天風呂で名残の月と日の出を贅沢に愉しんだらしい。部屋の照明をすべて落として仰いだ満天の星空も、噂に違わずとても美しかったようだ。
ひと雨ごとに眩しさを増す緑の季節。朝食の自家製湯葉豆腐のほんのりとした甘みは、私たちの旅の仕上げの癒し味。ひと箸ごとにじっくり味わっていこう。

名庭師の手による美の絵画、浄楽園

ところで高湯から麓に降りて車で5分程の場所に、その名のごとく素晴らしく美しい、「浄楽園」という名園がある。ここは、背後に見える吾妻連峰を借景に、手入れされた赤松や五葉松を配した池泉廻遊式の純日本庭園だ。約25.000㎡の広い園内には樹齢150余年の枝垂れ桜をはじめ、散策路沿いにあやめ苑や蓮池が広がり、四季それぞれに絵画のような世界が広がる。
聞けば浄楽園は京都の金閣寺を手掛けた庭師により、10余年の歳月をかけて完成した私設庭園というから驚く。鑑賞には入園料(大人500円)が必要だが、その規模と美しさは期待を超える。素通りできないおすすめスポットだ。積雪のため冬は休園だが、希望によって雪見庭園の鑑賞もできるという(要予約)。

※コロナウイルス感染症予防対策のため、2021年7月1日~9月30日まで休園
開園については公式サイトで確認を(http://www.jyourakuen.jp/

清浄と静謐の聖地、中野不動尊

浄楽園から車で15分程北へ向かった先には、中野のお不動様として古くから信仰され、県内有数の参拝数を誇る「中野不動尊」がある。ここは今から830余年前、一匹の羚羊(カモシカ)に導かれた恵明道人が、山神のお告げによって山中に不動明王を祀り聖火を灯したのが始まりとされる日本三不動のひとつ。 

周囲の緑にひときわ映える朱塗りの諸堂が佇む境内には、涼し気な水音をたてる不動滝の姿も見える。中野不動尊は、日本における六三除け(※)の祈祷発祥の地とも伝えられ、境内には厄除、眠守、三ヶ月の三不動明王が祀られ真剣な願いであればどんなことでも叶うのだという。

※人の命を害する六根の妄執と三毒の「厄除け」。また六と三を加えると九(苦)になることから、因縁の厄難と病苦を祈祷によって解除する祈願。
中野不動尊公式サイト(https://nakanofudouson.jp/

ちなみに恵明道人が灯した聖火はいまも奥の院の洞窟の中で「不滅の燈明」として燃え続けている。かつて未踏の地であった中野の山中に、長い歳月をかけて人々の手によって掘られた洞窟には、三十六ヶ所の単座にそれぞれ童子が祀られ洞窟巡りができる。薄暗く夏でもひんやりとした洞窟内は、厳かで神聖な雰囲気だ。

厄除不動明王が祀られた本堂、大正寺は、参拝者のお休み処でもある茶屋のすぐ近くにある。参拝後、靴を脱いで堂内をしばし見学。年に一度、極寒の2月に行われている春行事、お水取りの滝行のポスターが目を引く。資料によれば大正寺は永平寺の直末寺でもあるらしい。参拝前にお願いしていた御朱印も、修験道らしい堂々たる風格だ。 

少し遅いランチタイムは、ご利益も期待できそうな境内の茶屋「かもしか庵」で。汗ばむ程の陽気に、ところてんと冷やし蕎麦のつるん、とした涼味が良く合う。店ではセルフサービスで自由にお茶が楽しめる。摘果した若桃の実を紫蘇で包んだ名物、桃しそ巻の茶請けも、福島の夏らしい甘酸っぱい味わいだった。

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